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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)2389号 判決 1982年5月25日

原告

東京海上火災保険株式会社

右代表者

柏木黙二

原告

日動火災海上保険株式会社

右代表者

久保虎二郎

原告

日産火災海上保険株式会社

右代表者

金森直一

原告

共栄火災海上保険相互会社

右代表者

田中修吾

原告

安田火災会海上保険株式会社

右代表者

三好武夫

右原告ら訴訟代理人

井波理朗

被告

日本国有鉄道

右代表者総裁

高木文雄

右訴訟代理人

森本寛美

右訴訟代理人

関場大資

外六名

主文

一  被告は、原告東京海上火災保険株式会社に対し金三、二五四万六、四二四円、原告日動火災海上保険株式会社に対し金一、三七二万六、七八八円、原告日産火災海上保険株式会社に対し金五九六万八、一六九円、原告共栄火災海上保険相互会社に対し金五三七万一、三五二円、原告安田火災海上保険株式会社に対し金二三八万七、二六七円及び右各金員に対する昭和五〇年一〇月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告ら、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は原告らの勝訴部分に限り仮に執行することができる。但し、被告が原告東京海上火災保険株式会社に対し金一〇〇〇万円、原告日動火災海上保険株式会社に対し金五〇〇万円、原告日産火災海上保険株式会社に対し金二五〇万円、原告共栄火災海上保険相互会社に対し金二五〇万円、原告安田火災海上保険株式会社に対し金一〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告東京海上火災保険株式会社に対し金一億五三八万九二六円、原告日動火災海上保険株式会社に対し金四、四四四万五、四八七円、原告日産火災海上保険株式会社に対し金一、九三二万四、一二五円、原告共栄火災海上保険相互会社に対し金一、七三九万一、七一二円、原告安田火災海上保険株式会社に対し金七七二万九、六五〇円及び右各金員に対する昭和五〇年一〇月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員をあわせ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行宣言を付する場合は、担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(運送委託契約)

訴外日本証券代行株式会社(以下「証券代行」という。)は、昭和四九年一〇月九日、被告(取扱駅は静岡駅)に対し、別紙目録(一)ないし(八)の有価証券をその内容とする貴重品扱い小荷物(以下「本件小荷物」という。)を静岡駅から汐留駅まで運送することを委託した。

2(盗難事故の発生)

本件小荷物は同日午後七時頃、静岡駅構内において、訴外渡辺博、同菊地真一、同菊地清、同江森国雄らによつて窃取された。

3(責任原因)

(一)  債務不履行責任

右盗難事故は、被告の業務履行補助者たる小荷物係員訴外浅場潔(以下「浅場」という。)が本件小荷物を静岡駅構内小荷物取扱場に保管中に発生したものであるが、本件小荷物は有価証券という貴重品であるから、本来第三者の侵入できない場所に保管するか、少くとも監視人を置いて厳重に保管すべきであつたにも拘らず、本件における保管場所は外部から第三者が容易に侵入できるところで、浅場が他の仕事に気を取られて同所を離れた際、窃取されたものであるから、右盗難事故は被告の重大な過失によるものというべく、被告は荷主たる証券代行に対し運送契約上の責任がある。

(二)  不法行為責任

浅場が、仮に訴外中部国鉄用品運輸株式会社静岡支店の従業員であつたとしても、同人は専ら被告の業務を被告の事業所内で行うのみで、同人の業務執行につき直接間接の指揮監督権を有していたのは被告であり、浅場が被告の静岡駅の荷扱いの業務に従事中に前記のような重大な過失により盗難事故を惹起したのであるから、被告は右浅場の使用者として荷主である証券代行に対し、または本件小荷物の所有者に対し、不法行為上の責任を負う。

4(証券代行等の被つた損害)

(一)  右盗難事故の被害にあつた本件小荷物中には、証券代行が他から運送を委託されていた別紙目録記載(一)ないし(八)の有価証券(以下「本件有価証券」という)が入れられていたが、これが窃取されて、そのうち本件(一)ないし(七)の有価証券が他に処分されてしまつたので、証券代行または右有価証券の所有者は右有価証券の時価相当額の損害を被つた。

右各有価証券の本件事故時の価額は、別表記載のとおりである。

(二)  仮に過失の態様が軽過失と評価されるとしても、鉄道運輸規程七三条、商法五七八条の責任制限規定は不法行為には適用がないと考えるべきである。

また債務不履行に基づく場合や不法行為による場合に商法五七八条の適用があるとしても、本件小荷物の運送委託にあたつて、鉄道営業法一一条の二にいう要償額の表示はされていないが、品名を証券、価額を六〇〇〇万円とする明告がされているから、被告は少くとも右の限度で責任がある。

5(証券代行の被告に対する債権の譲渡)

本件有価証券のうち(四)ないし(八)の有価証券は証券代行が訴外新日本証券株式会社(以下「新日本証券」という。)から運送を委託されていたので、本件盗難事故による被告に対する損害賠償債権中、右新日本証券から預託されていた有価証券に関する部分を、昭和五〇年一〇月一日同社に債権譲渡し、同日その旨被告に文書によつて通知し、右通知は翌日被告に到達した。

6(保険による損害の填補等)

(一)  証券代行は、昭和四八年一一月二五日、原告東京海上火災保険株式会社(以下「原告東京海上」という。)との間に次のような受託物賠償責任保険契約を締結していた。

(1) 保険者    原告東京海上

(2) 被保険者   証券代行

(3) 保険の種類 受託物賠償責任保険

(4) 保険期間   昭和四八年一一月二五日から同四九年一一月二五日まで

(5) 受託物の明細 株券、債券等の有価証券

(6) 受託の目的  保管その他

(7) 保険料    金五八〇万円

そこで証券代行が運送委託を受けていて盗難に会つた本件(一)ないし(三)の有価証券が保険契約の適用を受け、昭和四九年一〇月二五日、金二四八万六一九四円が証券代行に支払われた(なお右金員は証券代行から所有者である委託者に支払われたため、民法四二二条により所有者が被告に対して有した不法行為債権は証券代行に移行し、次いで後述7のとおり保険代位された。)。

(二)  また新日本証券は、昭和四九年六月一日原告東京海上その他の原告五社(以下「原告五社」という。)との間に次のような運送保険契約を締結していた。

(1) 保険者及び保険引受割合

原告東京海上  五四%

原告日動火災海上保険株式会社(以下「原告日動火災」という。)  二三%

原告日産火災海上保険株式会社(以下「原告日産火災」という。)  一〇%

原告共栄火災海上保険相互会社(以下「原告共栄火災」という。)  九%

原告安田火災海上保険株式会社(以下「原告安田火災」という。)  四%

(2) 被保険者   新日本証券

(3) 保険の種類  運送保険

(4) 保険期間   昭和四九年六月一日から同五〇年五月三一日までに発送されたものに限る。

(5) 保険の目的  新日本証券が輸送する全ての株券、公社債券、投資信託受益証券、その他有価証券

(6) 輸送用具   鉄道便、自動車便、航空便(いずれも貴重品扱いに限る。)、携行便、護送便、書留郵便

(7) 発送地到達地 いずれも日本国内各地

(8) 保険料率   保険金額金一〇〇円につき0.34銭

そこで、新日本証券が証券代行に運送委託していて盗難事故に合つた本件(四)ないし(八)の有価証券に関する部分が右保険契約の適用を受け、昭和四九年一〇月二八日に本件(四)ないし(六)の有価証券分として金四二六二万二九〇九円が、更に同五〇年三月二八日、本件(七)の有価証券分として金一億七五八四万五〇〇〇円(なお、右金額は、新日本証券が本件(七)の有価証券を善意取得したと称する訴外清里廣から回収するために支払つた金一億七五〇〇万円と本件(七)、(八)の有価証券の公示催告費用金八四万五〇〇〇円の合計額であつて、本件(七)の有価証券の価額より低額で原状回復ができたので右金額が保険金として支払われ、右金員及び買戻した右有価証券は新日本証券から所有者たる寄託者に返還されたため、民法四二二条により所有者が被告に対して有した不法行為債権は新日本証券に移行し、次いで後述7のとおり保険代位された。)が、それぞれ新日本証券に支払われた。

7(保険代位)

前項の支払いによつて原告五社はその支払つた保険金の限度で、証券代行及び新日本証券が被告に対して有している損害賠償債権を、前項(一)の分は原告東京海上が、同(二)の分については同所掲記の比率によつて原告五社がそれぞれ代位取得した。

8(原告らの請求金額)

前記7記載のとおり、原告らはその各支払保険金の限度で被告に対し損害賠償を請求し得るところ、原告東京海上は昭和五〇年二月一八日、本件(一)ないし(三)の有価証券を右有価証券の善意の所持人と称する訴外湖上亢、同株式会社綜合事務センターから金一〇三万〇六五三円で、原告五社は前同日、同様に本件(四)ないし(六)の有価証券を金一七六六万九三四七円でそれぞれ買戻した。

右の結果、結局原告らが本件保険事故に関連して出捐をなし、かつ現在に至るもその回復を得ることができないのは右各取得金額の相当額である。そこで原告らは本件において右取得金額の相当額を限度として被告に対し請求を行うものとする。

また、原告五社が新日本証券に支払つた公示催告費用も本件(七)の有価証券につき訴外清里廣の、同(八)の有価証券につき訴外川崎映一郎の各権利届出によつてそれぞれ目的を失い、うち金二七万三一〇〇円が返還されたので、右金員部分はこれを控除して本件請求を行うものとする。

以上により本件において原告らが被告に対し請求する金額は、別紙請求額一覧表記載のとおりとなる。

9(催告)

原告らは被告に対し、昭和五〇年一〇月一日付の書面で請求の趣旨記載のとおりの金員の支払いを求め、右書面は翌日被告に到達した。

10 よつて原告らは被告に対し、債務不履行または不法行為に基づき請求の趣旨記載のとおりの金員並びに右金員に対する催告の到達後の日である昭和五〇年一〇月三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は認める。

2  同3は否認する。被告には重過失はもとより、軽過失もなかつたもので、その点は抗弁の主張のとおりである。また、浅場は被告の従業員ではなく、被告には何らの責任もない。

なお、運送契約が存在する本件においては、不法行為責任は生じない。仮に不法行為責任があるとしても運送人の責任を限定、軽減している法令の規定は不法行為責任にも適用がある。

3  同4は否認する。株券等の有価証券はその所持を失つてもそれにより直ちに権利を失うものではなく、窃取されたから時価相当の損害が生じたとはいえない。また、仮に被告に重過失がなく軽過失のみが認められる場合には、本件小荷物に要償額の表示はないから、鉄道運輸規程七三条により賠償額は一キログラム毎に金四万円と定められており、本件小荷物は一七キログラムであるから、金六八万円の限度でしか賠償責任を負わない。仮にそうでなくても、本件小荷物は品名を証券、価額を金六〇〇〇万円と明告して運送したものであるから、荷送人の請求できる賠償の限度額は金六〇〇〇万円である。

4  同5、6は不知。

5  同7は否認する。公示催告費用は、被告が賠償義務を負担する損害の範囲に属しない。

6  同8、9は不知。

三  抗弁

(無過失)

本件盗難事故をはじめ一連の有価証券の窃盗は、訴外渡辺博ら四名による組織的計画的犯行であつて、同人らは事前に駅の下見、小荷物の積込状況を綿密に調査したうえ、係員のわずかな隙をねらつて素早く窃取し、予め用意したパック等に入れて逃走するという手口で多数回にわたり犯行を繰り返しているところ、本件でも小荷物荷捌所の閉鎖してあつたアコーデオン式シャッターの横のくぐり戸から侵入した犯行である。被告は盗難事故を防止するため、係員に厳重に注意し、現品対照の励行、授受引継ぎの厳正、保管監視、荷物置場及び荷物車内に係員以外の立入禁止等を機会あるごとに指示するなど運送人として要求される注意や予防方法を講じたが事故を防止することができなかつたもので、被告には何らの過失もない。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(運送委託契約の存在)及び2(本件盗難事故の発生)は、いずれも当事者間に争いがない。

二本件事故時の状況

1静岡駅における小荷物取扱の営業委託関係

被告が静岡駅における小荷物の取扱業務について訴外中部国鉄用品運輸株式会社にこれを委託していたことは、<証拠>によつて認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

2本件現場の状況

<証拠>によれば、本件事故現場の状況について次のとおり認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

現場の位置関係は別紙図面のとおりである。すなわち、静岡駅の荷物取扱場所は駅の南側に位置し、荷物置場はアコーデオン式シャッターをもつて公道と遮断されているが、その一部に通用門があり、これは同所で働く訴外日本通運株式会社の社員の通用口として用いられ、そのため鍵も同社の管理に任されていたが、営業時間中は施錠されていないことが多かつた。荷物置場はトラックの出入りなどもあつて、常時何人かの者が働いていたが、トラックの便の都合や時間によつては人のいないこともあつた。

3貴重品の取扱手順

前掲各証言によれば、静岡駅での貴重品小荷物の取扱手順について、次のとおり認めることができる。

受付は別紙図面の受付カウンターで行われているが、受付後発送までの間、貴重品は手小荷物事務室内のロッカー内に保管され、その後発送列車の到着に合わせて同所より取り出して列車に運ぶこととなつている。なお貴重品は通常小荷物と異る布(ズック製)の袋に入れて運送され、貴重品であることは、その形状を外部から見て容易に判別できるものである。

4本件小荷物の取扱い

本件事故当時の本件小荷物の取扱いについて<証拠>によれば次のとおり認めることができる。

本件小荷物は、事故日の午後七時三〇分頃静岡駅に到着する一〇三四列車に積載して運送する手配となつていたので、当日小荷物取扱の義務を担当していた訴外中部国鉄用品運輸株式会社の従業員浅場は同日午後七時二〇分頃、手小荷物事務室から他の貴重品袋と一緒に本件小荷物を手押車に乗せ(貴重品は全部で七個)、これを別紙図面点付近まで運び出したが、一〇三四列車の到着までまだしばらく時間があつたので、手押車をその場所に置いたまま再び事務室付近に戻り、他の仕事を行つていた。その後一〇三四列車が到着し、貴重品の受け渡しが行われたが、その際貴重品袋は六個しかなく、本件小荷物は紛失していた。

5本件小荷物窃取の犯行の態様

本件小荷物の窃盗犯人である菊池真一の供述調書(<証拠略>)によれば、同人は、静岡駅で株券等の貴重品を窃取するため、静岡駅小荷物取扱場の下見を行い、かつ同駅発の貨物列車の時刻を調査していたこと、事故当日午後七時頃、午後七時三〇分頃の列車の積み込み荷物をねらつて別紙図面のアコーデオン式シャッターの外側付近から中を窺つていたこと、アコーデオン式シャッター脇の通用門には施錠がされていなかつたこと、同所は一般の運送人の出入りもあつて特にあやしまれるような雰囲気ではなかつたこと、同日午後七時三〇分近くになつて一人の作業員が事務室の中から荷物を積んだ台車を押して出て来て、荷物置場の線路寄りの方に台車を停めてそのまま事務室の方に戻り姿が見えなくなつたこと、そこで付近をうかがうと小荷物置場には働いている人が見当らなかつたので、通用門の扉を押して中に入り、荷物の影にかくれて様子をうかがうと、台車のそばに作業員が現れる様子がなかつたので台車のそばに近づいたこと、台車を見るとそこにズック製の株券等を送るときに用いる袋があつたのでそれを盗んで前記通用門から外へ出たこと、その間は二、三分であつたことをそれぞれ認めることができる。

三被告の責任原因

原告らが本訴において、保険代位の結果被告に対して追及する責任原因についての構成は、荷送人である証券代行の被告に対する債務不履行に基づく損害賠償請求または不法行為に基づく損害賠償請求、有価証券の所有者の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求と多岐に分れていて、これらを選択的に主張しているものと解されるところ、当裁判所も契約責任と不法行為責任とは請求権競合の関係に立つものと考えるが、本件においては、結局有価証券の所有者が被告に対して有する不法行為に基づく損害賠償請求権を原告らが保険代位によつて取得したものとする構成が、商法や鉄道営業法・鉄道運輸規程の制約を直接に受けずに被告の責任を最大限に捉えているものと解されるので、以下まずこの不法行為責任の成否について判断する。

前述のとおり、浅場は、訴外中部国鉄用品運輸株式会社の従業員であり、同社の業務として本件小荷物の取扱を行つていたものであり、また同社は被告が運送業務をなすに当り使用した者(履行補助者)であるから、結局浅場の行為について、被告は小荷物運送の運送人(使用者)としてその責を負うものである。

そこで、前記二認定の各事実に基づき被告の責任原因について検討するに、一般に小荷物の取扱に当つては、運送の委託を受けた者(運送人)は毀損あるいは盗難を受けることのないように注意を払うべきことは当然であり、それらが貴重品である場合には、ことさらに注意を払うべきであるところ、本件小荷物の盗難時の状況をみるに、本件小荷物の置場は、アコーデオン式シャッターで公道と遮断されているとはいえ、中の様子を外部から観察できる状況にあり、かつシャッター脇の通用門の管理が不完全であり、施錠のなされていない状態に放置されていることが多く、従つて外部からの侵入が可能であつたこと、また特に警備要員の配置がなく、時間によつては荷物置場が無人となる状況にあつたことが指摘でき、また小荷物の取扱の点については、確かに事務室内に貴重品の保管場所は設置されているが、本件において浅場は積込予定列車の到着に余裕のある時間に貴重品を一般荷物と同じ場所に持ち出し、かつそれを同所に放置してその場を離れたことを認めることができる。これらを総合し、本件小荷物の被告への明告額が六〇〇〇万円であり(この点は当事者間に争いがない。)、極めて高額の小荷物であることに照らすと、外部からの侵入の可能性のある場所にわずかの時間であるにせよ監視のない状態に放置したことについて、浅場に過失があることは明らかである。

そうであれば、被告は浅場の使用者として有価証券の所有者に対し本件小荷物の盗難事故により生じた損害を賠償する責任があるというべきである。

四損害

1本件盗難事故により有価証券の所有者の被つた損害は、本件有価証券の盗難事故時の時価相当額と考えられるところ(被告は有価証券の所持の喪失から直ちに時価相当額の損害は生じないと争うが、本件(一)ないし(七)の有価証券については善意取得者が現われ、結局盗難により運送人である被告がその引渡ができなくなつているので、盗難時に時価相当額の損害を与えたものということができる。)、各有価証券の事故当日の時価相当額は、<証拠>によれば、別表各評価額欄記載の金額(上場株式については事故当日である昭和四九年一〇月九日の終値の金額)であると認めることができる。

なお本件の各保険契約の約定によると、市場価格のあるものは事故前日の終値をもつて算定すると定められており、事故時の評価を事故当日の終値をもつてすることに問題がないわけではないが、本件事故は前述のとおり市場の取引が終つた午後七時頃に発生しているので、当日の終値をもつて評価するのが相当であると考えられるから、本件においては、別表記載のとおり事故当日の終値の価格をもつて、損害額を認定することにする。

2ところで被告は、証券代行が被告に本件小荷物の運送を委託するに際し、鉄道営業法一一条の二にいう要償額の表示はなされなかつた(この点は原告も争わないところである。)から、鉄道運輸規程七三条の適用がある場合に該当すると主張する。

判旨そこで検討するに、被告が本件小荷物の運送を受託するにあたり、荷送人である証券代行に対し運送品の種類等について明告を求め、証券代行が品名を証券、価額を金六〇〇〇万円と明告したことは当事者間に争いがなく、従つて右鉄道営業法一一条の二と商法五七八条あるいは価額の明告の関係が如何なるものであるかが問題となる。

思うに鉄道運送について鉄道営業法は商法に対する特別法であるから、一般的には商法の規定に優先して適用されるものと解されるけれども、鉄道営業法一一条の二にいう要償額の表示と商法五七八条にいう価額の明告とは趣旨を同じくする制度にほかならない(運送人の責任が生じうる損害賠償額の最高限度を予知させるものである。)から、本件の如く、要償額の表示はしていないが、高価品の明告はしているという場合には、直ちに鉄道営業法一一条の二第二項により鉄道運輸規程七三条に基づいて損害賠償額を算出するべきではなく、あくまで明告という制度の趣旨が生かされるべきであつて、運送人としては明告にかかる価額の限度で荷送人に生じた損害を賠償すべき責任を負うものと解する。商法五七八条の準用(明告の制度の法律上の効力)が排除されて鉄道営業法一一条の二第二項が適用されるのは、要償額の表示も明告もなされていない場合であるとするのが合理的な解釈であると考える。

3右のように解することを前提としたうえで、明告にかかる価額は、運送人に対する不法行為に基づく損害賠償請求においてどのような意味をもつかという点について更に検討する。

(一)  荷送人が運送人に対して不法行為に基づく損害賠償を請求する場合にも商法五七八条が準用されるかという問題はこれまで大いに論じられてきたところであるが、これは①同条にいう明告がなされないまま運送委託がなされた場合について、しかも②不法行為に基づく損害賠償請求権と債務不履行に基づくそれとが、いわゆる請求権競合の関係にある場合について論じられてきたものと思われるのである。しかるに本件においては、③明告がなされた場合のその明告にかかる価額が不法行為に基づく損害賠償請求について有する意味が問題とされ、また④請求権競合の関係がなく、専ら不法行為責任のみが問われうる場合におけるそれが問題とされているのであつて、二重の意味で新しい論点を提供しているということができる。

(二)  しかし、右にみた本件の問題の解明も、やはり従来の議論を踏まえた上にこそ成り立つものであるから、まず①、②の問題についてみるに、当裁判所は前述のとおり請求権競合説に立ちながらも、商法五七八条の規定は不法行為責任にも準用されると解する説を採用するものである。けだし、請求権競合説をとる以上、このように解さなければ、同条の規定の趣旨は全く没却されることになつてしまうからである。

そこで本件における③の問題をみるに、これは①の問題のいわば裏返しであつて、この両者は同一歩調をとらなければ矛盾に陥ることになつてしまうであろう。

従つて、同条にいう明告がなされた場合のその明告にかかる価額は、荷送人が不法行為に基づく損害賠償請求権を行使する場合においても、その上限を画するものとしての効果を有するということになる。

次に④の問題について検討する。

前記②のとおり、商法五七八条が不法行為責任にも準用されるかということが論じられてきたのは、荷送人が損害賠償を請求する場合であり、それが仮に運送人の不法行為責任のみを主張しているものであつても、荷送人は運送契約に基づき債務不履行責任をも問いうる筈であり、右両請求権が競合するという前提があるからこそ問題とされてきたのである。

しかるに、本件においては、本件有価証券の所有者の運送人に対する不法行為に基づく損害賠償請求権の行使が主張されているのであり、右所有者は被告と運送契約を締結した当事者(荷送人)ではないから、被告との間に契約関係はなく、従つて同時に債務不履行に基づく損害賠償請求権をも行使しうるという請求権競合の関係がなく、いわば従来議論されてきたところの前提を欠いているのである。

そうであれば、このような不法行為責任にまで明告の効果が及ぶという結論を直ちに導くわけにはいかない。しかしながら、運送契約が介在しないままに、商法上の運送人によつて物品が運送されるというようなことはおよそ考えられないところであつて、本件においても、本件有価証券はその所有者から(本件(四)ないし(七)の有価証券については新日本証券を経由して)証券代行に運送を委託されていたところ、証券代行が荷送人として被告と運送契約を締結し、その運送の途中に本件盗難事故が発生したものなのである。

このように、偶々荷送人が本件有価証券の所有者ではなかつたために、荷送人の債務不履行に基づく損害賠償請求権と、所有者の不法行為に基づくそれとが併存するに至つたものであつて、このような場合を荷送人が所有者でもある場合と画然と区別して取扱い、その二つの場合で結果において差異の生ずることは決して妥当な解釈ではない。

そこで、本件のように荷送人と所有者が異なる場合においても、その両者間の内部関係が別途問題になりうるのは格別、運送人に対する関係においては両者を一体のものとみなして、前記請求権競合の関係にある場合と同様に取扱うに如くはないと考える。

そうすると、本件有価証券の所有者の損害は前記1において認定したとおりであるけれども、被告に対する損害賠償請求については荷送人である証拠代行が明告した金六〇〇〇万円をもつて最高限度となるものといわなければならない。

(三)  なお、原告は浅場の過失は重過失と評価されるべきものである旨主張するので、この点についてここで検討を加えておくこととする。

何故なら、既に検討してきたところについて、商法五七八条は運送人に故意がある場合にその適用が排除されるのは勿論のこと(この点はまず異論をみないところであろう。)、運送人に重過失がある場合にも適用されないとする説(これは、商法五八一条が五七八条にもかかつてくるという考え方でもある。)や、「運送品の取扱上通常予想される事態ではなく、契約本来の目的を著しく逸脱する場合」には五七八条の適用は排除されるとする説などもあるからである。

そこで浅場の過失の態様をみるに、これは前記二、三で検討したとおりであり、浅場の態度は貴重品を取扱う者のそれとしては甚だ問題であつて、決して軽々に考えることのできないものである。しかしながら、一方で本件盗難事故は浅場が本件小荷物から目を離したほんの短い間に発生したものであつて、その間にこのような事故が起こるなどということは浅場ならずとも到底予測しえないところであつたものと思われ、そして本件盗難はこの種の窃盗事故を処処で発生させていた窃盗団によつて、周到な準備と計画のもとに敢行されたものであることが明らかである(この点は、前掲甲第三七号証により認めることができる。)。

このような諸事情を併せ考えるとき、浅場の過失をもつて重過失と評するのは余りに過酷ではないかとの感を払拭し難く、また、被告の本件小荷物の取扱いについて、運送契約本来の目的を著しく逸脱するような態度があつたというような事情を認めることもできない。

そうすると、本件盗難事故について、被告は過失による賠償責任を免れないのであるが、重過失があつたとはいい難いのであり、その賠償額は明告がされた価額の範囲内において有価証券の所有者ないし原告らに対して責任を負うべきであると考える(前述のとおり、本訴において、被告の責任を不法行為責任として請求している構成は最大限に捉えているものと解されるので、契約責任に基づく請求については判断を示す必要はないと考える。)。

五証券代行の受託

<証拠>によれば、請求原因5記載の事実のうち、本件(四)ないし(八)の有価証券は新日本証券から証券代行に対し運送を委託されていたものであることが認められる。

六保険契約並びに保険金の支払

1<証拠>によれば、証券代行と原告東京海上との間に請求原因6(一)記載のとおりの保険契約が、新日本証券と原告ら五社との間に同6(二)記載のとおりの保険契約が締結されていたことを認めることができる。

2<証拠>によれば、原告らが右1認定の保険契約に基づき別表各「支払保険金」欄記載の金額を同所記載の算定根拠に基いて支払い、被保険者はさらにこれを有価証券の所有者に支払つたことを認めることができる。

3右1、2の結果、原告ら五社は商法六六二条に基づきそれぞれ当該被保険者ひいて有価証券の所有者の有する被告に対する損害賠償請求権を支払保険金の限度で取得したものである。

七原告らの請求額

原告らは現実に被つている損害について、盗難有価証券を右事故時の時価よりも安くこれを買戻すことができたので、買戻費用を限度として損害賠償を請求するとして、本件(一)ないし(六)の有価証券分については右の限度で請求を行つているところ、<証拠>によれば、前記六の保険金支払の後、原告東京海上が本件(一)ないし(三)の有価証券を金一〇三万〇六五三円で、原告五社が(四)ないし(六)の有価証券を金一七六六万九三四七円で第三者より買い戻したことを認めることができる。右(一)ないし(六)の損害分及び同(七)の有価証券損害分並びに公示催告費用分のうち、前述のとおり被告に対する損害賠償請求権として是認することのできる金六、〇〇〇万円を各原告の損害割合(別表(A)、(B)、(C)の損害割合)、保険引受割合ごとに振り分けると、別紙認容額一覧表のとおりとなる。

なお代位の目的となつている公示催告費用は本件が有価証券であることから考えて、通常生じる損害に含まれるものといえ、また同費用は本件(八)の有価証券分についての費用も含むのであるが、同有価証券も本件事故の盗難品の一部であつたのであるから、これについての公示催告費用も結局は有価証券の所有者の損害として認定しうるものである。

八支払催告

<証拠>によれば、原告らが別紙各記載の各金員の支払を昭和五〇年一〇月一日付書面をもつて被告に催告し、同書面が翌日被告に到達したことを認めることができる。

九結論

以上によれば、被告は各原告に対し別紙認容額一覧表各記載の金員及び同各金員に対する催告後の昭和五〇年一〇月三日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による金員を支払うべき義務があるものといえる。<以下、略>

(山田二郎 西理 内田龍)

目録(一) (利札)<省略>、目録(二) (株券)<省略>、目録(三) (債券)<省略>、目録(四) (利札)<省略>、目録(五) (株券)<省略>、目録(六) (債券)<省略>、目録(七) (株券)<省略>、目録(八) (株券)<省略>別表(A)、(B)、(C)<省略>

<請求額一覧表>

(1) 原告東京海上 (A)+{(B)+(C)}×0.54=105,380,926

(2) 原告日動火災海上 {(B)+(C)}×0.23=44,445,487

(3) 原告日産火災海上 {(B)+(C)}×0.10=19,324,125

(4) 原告共栄火災海上 {(B)+(C)}×0.09=17,391,712

(5) 原告安田火災海上 {(B)+(C)}×0.04=7,729,650

★ (A),(B),(C)は別表各記載の金額

<編注> (A)−1,030,653円 (B)−17,669,347円

(C)−175,571,900円

<認容額一覧表>

(1) 原告東京海上 (A)'+{(B)'+(C)'}×0.54=32,546,424

(2) 原告日動火災海上 {(B)'+(C)'}×0.23=13,726,788

(3) 原告日産火災海上 {(B)'+(C)'}×0.10=5,968,169

(4) 原告共栄火災海上 {(B)'+(C)}×0.09=5,371,352

(5) 原告安田火災海上 {(B)'+(C)'}×0.04=2,387,267

★ (A),(B),(C)は別表各記載の金額

(A)',(B)',(C)'は,金6,000万円を(A),(B),(C)の割合で按分した金額

(A)' 318,313円 (B)' 5,457,098円 (C)' 54,224,589円

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